PM歴14年のオムロンPMから学ぶ!時代の変化にも柔軟に対応するプロダクトマネジメントのヒント

今回は、オムロン株式会社でプロダクトマネージャー(以下、PM)を務める岡実さん(@okappiki3)に仕事内容やキャリア、マイルールなどを伺った。

岡さんは、エンジニアと営業支援をそれぞれ10年経験した後、工場の自動化を行うためのPLC(プログラマブル・ロジック・コントローラ)のプロダクトマネージャーを14年務めている。

工場自動化のためのPLCのプロダクトマネージャーとして、OT(Operational Technology)とIT(Information Technology)の両立にどう向き合うか、また、日本発でグローバルに展開するプロダクトをどのようにマーケットインさせていくかについて語っていただいている。さらに、プロダクトマネジメントの実践において、必ず一人の顧客を具体的なペルソナとして設定することに加えて、ハードウェアのプロダクトならではの制約を乗り越えながらプロトタイプを用いてコア価値の検証を行う姿勢などは、製造業に関わるプロダクトマネージャーはもちろん、ソフトウェア関連のプロダクトマネージャーも学べる内容が満載です。

オムロン株式会社にてPLCのプロダクトマネージャーを担当

── まずはご自身の仕事について教えてください。

岡:オムロンで工場を自動化するプロダクト、具体的にはPLC(プログラマブル・ロジック・コントローラ)の商品企画プロダクトマネージャーを14年間担当しています。PLCは、工場で使われるコンピューターで、機械を動かすための制御を行うものです。例えば、自動車産業や半導体製造、食品・日用品の分野で広く使われており、工場内のセンサーやアクチュエータと連携して生産プロセスを自動化します。

多くの方にとってPLCは馴染みがないと思いますが、工場自動化における重要なコンポーネントです。PLCは、工場内の機械を動かすためのコンピューターで、人間で例えるならば脳の役割を担っています。例えば、工場に部品が入ってきた際にセンサーがそれを捉え、その情報をPLCが処理して、モーターに「部品を曲げなさい」と指示を出すという具合です。PLCが指示を出すことで、工場内のさまざまな機械が連携し、効率的に生産を行います。

例えば自動車産業では、自動車のドアを取り付けたり、色を塗ったり、座席のにネジを締めるといった作業がPLCで制御されています。また、半導体製造の分野では、スマートフォンの液晶やチップなどの電子部品の製造に使用されています。食品・日用品の分野では、ペットボトルに飲み物を詰める工程や、ガムを包装する工程などで使われています。これらの分野で、PLCは生産ラインの効率化と正確性を高めるために欠かせないものとなっています。

── PLCについてまだまだわからないことが多いのですが、自動車メーカー向けのPLCと、半導体電子部品メーカー向けのPLCは別物ですか?

岡:基本的に共通のPLCを提供しています。自動車メーカー、半導体メーカー、食品メーカーなど、どの業界のお客様にも同じPLCを使っていただいています。ただし、業界ごとに重視されるポイントが異なるため、その部分をどのように共通の製品に落とし込むかが重要です。

例えば、電子部品製造では非常に高精度で高速な処理が求められます。一方、自動車製造では、1万点もの部品を確実に取り付ける品質管理やトレーサビリティが重要です。このように、各業界の特性に応じた要求を共通のPLCで満たすために、要件定義が非常に重要になります。

また共通仕様をベースにして、オプションでカスタマイズすることもあります。これがPMの要件定義の一つの課題であり、難しい部分です。

プロダクトマネージャー歴14年の岡さんの原体験に基づく役割の変化

── プロダクトマネージャーになって14年目とおっしゃっていましたが、14年というのは非常に長いキャリアだと思います。これまでインタビューさせていただいたスタートアップ系の方々と比べても特にそう感じます。14年前、プロダクトマネジメントという概念やプロダクトマネージャーという言葉は、オムロンや岡さん自身の周りではどのように存在していたのでしょうか?

岡:私は今58歳で、もうすぐ59歳になります。45歳の時にプロダクトマネージャーになったのですが、その際にはすでにオムロン社内にプロダクトマネージャーという職種が存在していました。2011年にプロダクトマネージャーになった時点で、プロダクトマネージャーとしての仕事があって、その部門に異動しました。

日本語に置き換えると「商品企画」や「商品管理」という言葉が合っているように思います。新しい商品を企画したり、担当商品のライフサイクルを管理したりする役割です。また、お客様に価値を提供し、その対価を得て会社の事業目標を達成することが求められます。具体的には、売上や利益の目標を立て、それを達成するための計画を策定し、実行するというイメージでしたね。

── 今現在でも、その解釈や理解、実際の役割にギャップは特にないですか?

岡:基本的には大きなギャップはないと思います。ただ、大きく変わったと感じることが二つあります。一つ目は、お客様の価値や課題解決をより強く意識するようになったことです。カスタマーファーストという言葉がよく使われますが、まさにそのようにお客様のためにすべてのことを行うという意識が、この14年間で非常に強くなりました。

二つ目は、商品の役割が大きく増えてきたことです。例えば、PLCはもともと機械を動かす電気的、機械的な役割を担っていましたが、今では生産性を向上させるためにデータの収集や活用が求められるようになっています。DXやIoTといったキーワードが登場し、それに対応するためにPLCにもデータ収集やITとの連携が期待されるようになりました。

しかし、私たちのようなPLCや制御機器の専門家は、電気や機械には詳しいものの、データやソフトウェア、ITに関する知識が十分でないことが多いです。そのため、自社だけでなく、パートナー企業との協力やアライアンスが必要になります。ここ5年から10年で、このような外部との協働が非常に多くなり、私の仕事の大部分が協議やアライアンスとの取り組みが中心になってきています。

生産現場においてPLCはDXのキーデバイスとなっています。これにより、生産性の向上や品質の改善が図られ、PLCの役割もどんどん広がってきています。

── もう少し詳しくお聞きしたいのですが、データはPLC上に保存するのですか?それともクラウド上に送って保存するのですか?

岡:そこには色々な考えや意見があります。また、スケーラビリティの問題も関係しています。一旦データをPLCに保存することで良いこともありますが、全てのデータを保存するとコストがかかったり、コンピューティング能力が足りなかったりすることもあります。そのため、クラウドにデータを送って保存するのが良い場合もあります。

現在のトレンドとしては、ハイブリッドな形が増えてきています。例えば、PLCで一旦データを保存し、エッジコンピューティング的な処理を行いながら、クラウドとも連携して最終的な結果を出すという形です。オムロンのPLCもクラウドに接続する機能や、データを一時的に保存する機能を備えています。

プロダクトマネージャーとしてのビジョン、価値観

── 岡さんご自身のキャリアや働く上でのビジョン、価値観についても教えていただけますか?

岡:私がプロダクトマネージャーになったのは45歳の時で、比較的遅いタイミングだと思います。それまでは、オムロンで34年間働いてきて、最初の20年間はプロダクトマネージャーとは別の仕事をしていました。

最初の10年間はエンジニアとして働いており、電子回路や通信ネットワークを専門にしていました。その後、営業部門に10年間所属し、自動車業界のお客さまんの専門営業部隊に配属されました。ここでは、技術的な提案やサポート、営業支援を行っていました。

これらの経験がプロダクトマネジメントに非常に役立っていると感じています。技術的な知識とお客様のニーズを理解することで、信頼されるプロダクトマネージャーとしての基盤を築くことができました。

私が大切にしているのは、お客様の声を徹底して聞くことです。コロナ禍以前は毎週のようにお客様の工場や機械メーカーを訪問し、対話を重ねていました。リモートでも可能ですが、直接お客様の声を聞くことで、深い理解と信頼関係を築くことができます。こうした経験を活かし、プロダクトの企画や問題解決に取り組んでいます。

私のキャリアにおいて、技術と営業の両方の経験がプロダクトマネジメントに生きていると感じています。お客様のエンジニアと同じ言葉で話すことで、より深い話を聞くことができ、お客様のニーズに応えるプロダクトを作ることができます。このアプローチは今でも意識しており、機会を逃さないようにしています。

── 各現場をご経験されているからこそ見えてきた、プロダクトビジョンを具体的に教えていただけますか?

岡:プロダクトビジョンという言葉で言語化されているわけではありませんが、私が考えるプロダクトビジョンには大きく二つのレイヤーがあります。

一つは会社としてのビジョンで、オムロンは工場自動化(オートメーション)という技術を通じて社会的課題を解決することを目指しています。例えば、高齢化や人口減少による労働力不足、技能伝承の課題など、製造現場での社会的課題を解決するための商品やサービス、ソリューションを提供することが目的です。

二つ目は、私が担当しているPLCに関するビジョンです。私が取り組んでいるのは、OT(Operational Technology)とIT(Information Technology)の境界領域です。製造現場のOTとITの連携を強化し、そのジレンマを解決することが重要です。例えば、P LCでの処理とクラウドでのデータ処理を両立させるために、エッジコンピューティングやハイブリッドなアーキテクチャを導入し、現場での生産性向上とデータ活用を両立させることを目指しています。

ジレンマについてですが、生産現場の人々は機械を動かしたり、故障時に修理したり、電気配線を行ったりしますが、ITに関する知識はあまり持っていないことが多いです。しかし、生産性を向上させるためにはデータを収集し、分析する必要があります。ここで、ITの専門家が入ってパソコンを導入するとなると、現場の人々は新しいIT機器を管理しなければならず、負担が増えます。

このように、OTとITの両方を導入することで生じるジレンマを解決するためには、現場のニーズに合わせたソリューションを提供することが重要です。具体的には、製造現場に適した着地点を見つけ、それを実際のソリューションにすることが求められます。例えば、現場での操作が簡単で、ITの知識がなくても使えるシステムを構築することが一つの解決策です。

── 最初の20年間は別の職種をされていたとのことですが、どうしてキャリアチェンジをされたのか教えていただけますか?

岡:私はエンジニアとして10年、営業支援として10年、そしてプロダクトマネージャーとして14年の経験を持っています。これらの経験は全てプロダクトマネジメントに繋がっているのですが、実際には自分で選んだわけではなく、会社の異動に沿って成長してきました。

エンジニアとしては、主に通信技術やネットワーク技術を担当していました。新しい技術を開発し、それをお客様に紹介する役割を担っていました。特に自動車業界のお客様は先進的な技術に興味を持っており、私の技術を活かして営業支援に移ることになりました。自動車業界の営業部隊と一緒にお客様の元に訪問し、技術的な提案やサポートを行いました。

営業支援の中で得た経験が、プロダクトマネージャーとしてのキャリアに繋がりました。お客様のニーズを理解し、技術を駆使して提案することで、信頼を得ることができました。その中で、現場での実際の課題や自社商品の不足点が見えてきました。例えば、もっと高度なネットワークやデータ活用ができればお客様にさらに価値を提供できると感じました。

営業の後半では、お客様の声を反映した商品作りが重要だと感じるようになりました。これがプロダクトマネージャーとしての役割に自然と繋がっていったのだと思います。会社からの異動の提案もあり、プロダクトマネージャーとしてのキャリアがスタートしました。

プロダクトマネージャーとしての14年間は非常に楽しく、幸せな時間でした。エンジニアとしての技術と営業支援としての顧客理解が、現在の仕事に大いに役立っています。プロダクトマネジメントは総合格闘技のようなものだと言われますが、私のキャリアもそのような形で成り立っていると感じています。

── 各現場をご経験されてるからこそ、現場の意見を真に理解され、プロダクトマネージャーとしての取り組み方に生かされているように感じます。そういった中でどういう組織体制で運営しているのか教えていただけますか?

岡:商品を企画開発し、価値を創造するまでのプロセスに関わるのは、基本的にプロダクトマネージャーと開発チームです。PLCの場合、開発チームは大きく二つに分かれます。

1つ目は、PLC自体を開発するチームです。PLCは実際に形のあるハードウェアなので、機械設計、電子設計、そしてファームウェア設計のチームがあります。

2つ目は、PLCの開発環境を作るチームです。PLCはお客様が自分たちでプログラムを組み込んで機械を動かすためのコンピューターです。そのため、お客様がPLCにプログラムを作成するための開発環境(これはWindows上で動作するソフトウェアです)を開発するソフトウェアチームがあります。

これらのチームと連携しながら、プロダクトマネージャーとして商品を作っています。

「ITとOTの両立」製造現場が向き合う課題

── プロダクト面や組織面でもご活躍される中で現状の課題と、その課題をどのように解決しようとしているのか教えていただけますか?

岡:現状の大きな課題は、ITとOTの両立です。製造現場にもDXが進行しており、これに対応する必要があります。ただし、両立しても、お客様が自分たちで操作できるようにすることが重要です。例えば、PLCのエンジニアが理解できる範囲で操作できるようにすることが求められます。

具体的には、IT業界で流行しているPythonなどのプログラミング言語を使うことが難しい場合があります。PLCのエンジニアが使い慣れているプログラミング言語、例えばラダープログラムなどでデータ活用ができるようにすることが課題です。

また、お客様が自立して運用できるようにするために、弊社のアプリケーションエンジニアや外部のシステムインテグレーターの支援を活用することも考えています。例えば、お客様が自分たちで対応できない部分をサポートするための仕組みやサービスを提供することです。これにより、お客様がDXを進めやすくなります。

特に製造現場でのDXに関しては、これらの仕組みを整えることが大きな課題となっています。パートナー企業や現場のPLCエンジニアが効果的に動けるように、プロダクト自体の設計やオペレーションのデザインを行うことが重要です。

まだ道半ばですが、特にここ5年から10年でDXやIoT、データ活用が進んできたことで、ますます重要になっています。

── どのような取り組みで課題の解決を前進させたり、改善しようとしているのか教えていただけますか?

岡:いくつかの取り組みを行っています。例えば、PLCの例で言うと、単に機械を動かすだけでなく、ITのソフトやデータ処理までを考慮したアーキテクチャにしています。具体的には、オペレーティングシステムをより汎用的なものにすることや、使用するMPU(マイクロプロセッサーユニット)をITのものと同じようにすることです。例えば、インテルのプロセッサーを使うなど、IT技術を素早く取り入れやすくするための変更を行っています。

また、すべてを自社だけでやるのではなく、パートナー企業の技術を取り入れることにも注力しています。例えば、日本マイクロソフトさんとの協業では、SQL ServerやAzureと簡単に接続できる仕掛けを用意し、共同でお客様に価値を届ける取り組みを進めています。このように、他社やパートナーと協力しやすい商品やアーキテクチャにすることで、迅速に価値を提供できるようにしています。

これらの取り組みにより、製品の開発から価値の提供までをより効率的かつ効果的に行うことができています。

「顧客」「ビジネス」をグローバル視点で考える

出典:The Product Management Triangle

── プロダクトマネジメントトライアングルを見ながら、具体的な業務範囲についてお伺いしたいと思います。プロダクトマネジメントトライアングルでは、開発者、顧客、ビジネスの3つの領域があり、これらを健全に機能させることがプロダクトマネージャーの役割とされています。岡さんはどの領域を担当されているのか、特に重点を置かれている領域について教えていただけますか?

岡:私の場合、開発チームはしっかりした能力とリソースを持っているため、私が全ての要求仕様を書くのではなく、仮説を立てて開発者と一緒に要件に落としていくという役割分担をしています。具体的なプロダクトの仕様については、開発チームに任せています。

私は主にビジネスや顧客、営業に関連する部分を担当しています。オムロンはグローバルな会社であり、私はグローバルのプロダクトマネージャーとして各地域(ヨーロッパ、アメリカ、中国、アジアパシフィック、韓国、台湾など)のマーケティングマネージャーと連携しています。彼らが現地の声を反映しやすいように、目標設定や連携を行っています。

── 例えば、セールスフォースジャパンでは、米国本社のプロダクトマネジメントが基本的に行われており、日本のプロダクトマーケティングマネージャーが日本の顧客の声を米国本社に届けるという形をとっていますが、オムロンではどのように顧客の声を反映していますか?

岡:まさにそのような形です。各地域のマーケティングマネージャーが現地の顧客の声を反映し、私がそれをまとめて製品に反映させる役割を担っています。地域によって産業特性が異なるため、要求が変わることが多いです。例えば、アメリカでは自動車産業が強く、ヨーロッパでは食品日用品の機械メーカーが多いなど、地域特性に合わせた目標設定や製品企画を行っています。

各地域のマネージャーとも目標設定を行っており、例えば、私はPLCの事業部に所属しており、担当するPLCの目標設定や新商品の売上目標、利益率、重点顧客の設定などを、マーケティングマネージャーと協議して決定しています。これを社内の会議で報告し、合意を得ています。

── 主要な顧客として自動車業界や半導体電子部品など、国内外の様々な業界があると思います。各マーケットごとのニーズや利用シーンが異なる中で、それらの要望や市場機会をどのように捉えて、プロダクトの要求を定義し、優先順位をつけているのか、ご経験の中で意識していることや工夫されていることを教えていただけますか?

岡:重要な質問ですね。優先順位をつけるのは非常に難しく、悩ましい部分です。結果的に取り上げられなかった要求があると、地域の人々から不満が出ることもあります。意識していることを一言で言うのは難しいですが、一つ一つ丁寧に話をすることが重要です。

短期的な視点だけでなく、中長期的な視点で顧客の声を取り入れ、要求仕様に落とす際には、その仕様が中長期的に筋が良いかどうかを見極めることが重要です。筋が良いというのは、顧客にとってのメリットが大きく、結果的に自社の売上にもつながるということです。例えば、機械の性能が向上する、品質不良が減るといった顧客価値が見込める場合、その価値を数字に変えて優先順位を決めています。

具体的には、顧客価値や自社の売上にどれだけ貢献できるかを仮定して、その価値を基にして優先順位をつけています。非常に難しいプロセスですが、丁寧な対話と中長期的な視点での判断が大事だと思います。

オムロン一筋で歩んだキャリアパス

出典:https://www.ravi-mehta.com/product-manager-skills/

── 岡さんのようにプロダクトマネージャーになられる方の年次や背景についてお伺いします。どれくらいの年次の方が多いですか?また、どのようなキャリアパスを辿っているのでしょうか?

岡:オムロンでプロダクトマネージャーになる方は大きく二つのキャリアパスがあります。営業から来る人と開発エンジニアから来る人です。

例えば、エンジニアとして十数年の経験を積んでからプロダクトマネージャーになる方もいれば、営業としての経験を積んでからプロダクトマネージャーになる方もいます。片方の専門性があれば、プロダクトマネージャーになってから足りない部分を補っていく形です。私のように両方の経験を持っている人は多くはない気がします

── 海外で活躍しているプロダクトマネージャーが保有しているコンピテンシーとして、プロダクトエグゼキューション、カスタマーインサイト、プロダクトストラテジー、インフレーシングピーポーの4つのカテゴリーに分かれた12個のコンピテンシーがあります。これら全てを習得している方は少ないと思いますが、岡さんはプロダクトストラテジーの領域が強みとされています。まず、そこはあっておりますでしょうか?

岡:プロダクトストラテジーは強みとしています。ただ、プロダクトマネージャーになってからの経験の中で培った部分が大きいです。2011年に45歳で初めてプロダクトマネージャーになった時、最初の商品をリリースするまでに2年かかりました。その間、上司からの支援やレビュー、叱咤激励を受けながら苦労しました。その後、リリース後の成功経験を振り返り、どのようなポイントが成功の要因だったのかを分析しました。

例えば、自分の言葉でビジョンを語ること、柔軟に対応することなど、自分なりの軸を決めて行動してきました。これらの軸を持つことで、ビジョンやロードマップの策定ができるようになりました。

── 大変だった2年間について、ビジョンや製品のロードマップを作る際のエピソードがあれば教えていただけますか?

岡:最初の半年は、プロダクトマネージャーとしての経験がなく、何をすべきか悶々としていました。当時の上司が月に一回のレビューで、私が具体的に行ってきたことを全て書き出すように指示しました。自動車メーカーの具体的な課題や登場人物などを整理し、他のメーカーでも同様の問題があるかを調査しました。

半年経った頃、突然会議室に呼ばれ、役員の前で商品の戦略を説明する機会がありました。完全な資料は用意していなかったものの、その場でホワイトボードを使って説明し、議論が盛り上がりました。この経験を通じて、具体的な事例からビジョンを作り上げることや、完璧を求めずにアウトプットを出すことの重要性を学びました。

また、プロトタイプを作って展示会に出し、実際の顧客の声を聞くことも行いました。仮説と異なる反応が得られたことで、顧客の声を重視し、柔軟に対応することの重要性を学びました。これらの経験を通じて、プロダクトストラテジーのスキルを培ってきました。

── プロトタイプを作られたとおっしゃっていましたが、PLCに関してのプロトタイプはどのようなもので、どこまで作られるのでしょうか?

岡:PLCはハードウェアとして大きな電気回路を持つため、簡単にプロトタイプを作ることは難しいです。ただ、2011年に大きな変革があり、ITやデータ活用の技術を取り入れたアーキテクチャに変更しました。この変更により、ソフトウェアやファームウェアだけで機能を変更できるようになりました。

最初に作ったプロトタイプは、データベース(DBMS)に直接接続するPLCでした。具体的には、Microsoft SQL ServerやOracleデータベースにPLCが直接データを送るデモを作り、それを展示会で披露しました。このプロトタイプを通じて、顧客の反応をヒアリングし、マーケティング調査を行いました。

ITとOTの境界領域のプロトタイプは、比較的作りやすい部分がありました。とはいえ、プロトタイプの開発には時間とコストがかかるため、全ての技術を使用するのではなく、コンセプトや仮説に基づいて、必要な部分だけを実装しました。例えば、パソコンが隠れている部分を含めたプロトタイプや、ソフトウェアのモックアップだけで機能を示すこともありました。

実際の製品と同じように全てを作り込むわけではなく、仮説に基づいたコンセプトを示すために必要な部分だけを作ることで、時間とコストを抑えています。これにより、迅速に市場の反応を得ることができました。

マイルールは「信頼されること」

── 働く上でやプロダクトマネージャーとして大切にしている行動指針やマイルールがあれば教えていただけますか?

岡:一番大切にしているのは「信頼されること」です。営業、開発、上司、お客様など、全ての関係者に信頼されることが重要です。信頼されることで、難しい問題でも一緒に考えてくれる人が増え、仕事が進めやすくなり、結果として良い商品を素早く出すことにつながると思います。

信頼されるために実践していることは三つあります。

  1. ぶれずに、しかも柔軟に
    規格が承認されたらコアの部分はぶらさずに進めますが、開発中に想定外のことが起きた時には柔軟に対応します。これにより、特に開発チームとの信頼関係を強く保つことができます。
  2. 自分の言葉で話して伝える
    お客様の要求やビジネスのロジックを、自分の言葉で伝えることを意識しています。フレームワークや上位方針に頼らず、あくまで自分の考えとして話すことで、信頼を築くことができます。文書や会話でも、できるだけ自分の言葉で伝えるようにしています。
  3. プラス1を実践する
    質問に答える際に、ただ答えるだけでなく、その背景まで理解して回答を出すようにしています。例えば、なぜその質問をしたのか背景を聞いて理解し、それに基づいた付加価値のある情報を提供するようにしています。これにより、信頼の貯金ができると考えています。

これらの行動指針を意識することで、信頼関係を築き、プロダクトマネージャーとしての役割を果たしています。

── いいチームを作るために何か工夫されていることはありますか?

岡:特に開発チームとキーとなるお客様の営業担当との信頼関係を築くことが重要だと思っています。そのために、コミュニケーションの量を確保することを心がけています。

例えば、オムロンではMicrosoft Teamsを使ってチャットを行っています。日本やヨーロッパなど海外も含めて、重要な人物や情報を持っている人、相談に乗ってくれる人などをチャンネルに集めています。そこでは、具体的な情報や彼らが知りたい情報を発信したり、相談を受けたりしています。そして、相談に乗ってくれた人には感謝の気持ちを伝えるようにしています。

また、開発メンバーからの相談を受けた際には、自分の仕事を止めてでも対応するようにしています。これも信頼を築くための重要な行動だと思っています。

── 顧客のキーパーソンとも直接繋がっているとのことですが、他のプロダクトマネージャーとも同様に繋がっているのですか?

岡:営業からプロダクトマネージャーに転身した人などは、お客様とは繋がっている人もいますが、全てのプロダクトマネージャーが同じようにしているわけではないと思います。私はこれまで4つか5つの商品を企画しましたが、必ず一人の顧客を具体的なペルソナとして設定し、その人の状況や困りごとに基づいてコンセプトを作ります。そのキーとなる顧客とは直接携帯電話でやり取りしたり、メールで連絡を取ることもあります。

ペルソナを誤らないためのポイント

── プロダクトを実際に開発・リリースする期間において、具体的なペルソナの方とはどのくらいコミュニケーションを取りながら進めるのですか?

岡:実際に商品を企画する際に、具体的な顧客の方とは非常に深くコミュニケーションを取ります。例えば、化粧品を企画するきっかけになったA社のBさんには、商品発売日にカタログを手渡しました。その間、毎月1回2時間程度のミーティングを行い、プロトタイプを見せたり、開発の進捗や遅れについても率直に伝えました。展示会にも一緒に参加し、直接意見を聞くこともありました。

── そのペルソナの意見が市場全体に適合するかどうかをどのように見極めているのですか?ペルソナがマイノリティの意見である可能性もありますが、その点はどう考えていますか?

岡:一人の顧客の意見が市場全体に適合するかどうかは重要な問題です。私の場合、運が良くて早い段階からそういうキーパーソンに出会えたと思います。しかし、通常はいくつかの候補があり、その中から選定します。

例えば、A社、B社、C社の3社のお客様の中で共通の課題やマーケットのトレンドを見極めます。複数のストーリーの候補を仮説と照らし合わせて直感的に決めることもあります。また、ビジネスインパクトも重要な要素です。大きな商談や投資が見込まれる場合、そのストーリーがビジネスに結びつくかどうかを確認します。

要するに、複数の候補やトレンドを総合的に考慮しながら、顧客の声を市場全体に反映させるかどうかを判断しています。これにより、単なるマイノリティの意見に終わらず、広く適用できるプロダクトを作り上げています。

密なコミュニケーションとプロトタイプにより生み出される質の高いプロダクト

── 質の高い企画や課題に対する筋の良い打ち手を生み出すために工夫されていることはありますか?

岡:いくつかのポイントがあります。まず、キーとなる人物とつながることが重要です。情報のインプットとしても、悩んだ時に意見を聞くためにも、営業や営業技術の人々とつながることが大切です。私はアプリケーションエンジニア(営業技術の人)を特に信頼しており、彼らと相談することが多いです。

また、具体的な顧客を深掘りすることも重要です。例えば、「A社のBさん」のような特定の顧客をモデルにして、ストーリーとして語れるようにします。ストーリーの中で矛盾や欠けている部分に気づいたら、再度お客様に確認するなど、具体的な顧客視点を持つことが大切です。

さらに、ホワイトボードを使って思考を整理することも有効です。自宅にもホワイトボードを設置し、言葉や図表で思考を整理しながら企画を進めています。ホワイトボードは非常に強力なツールだと思います。

もう一つ重要なのは、プロトタイプを作ることです。IT業界では当たり前ですが、ハードウェアを含む商品では難しいこともあります。それでも、可能な限りプロトタイプを作り、営業やお客様、上司とのコミュニケーションに活用します。プロトタイプを通じて得られる具体的なフィードバックは非常に貴重です。プロトタイプを通じて仮説と異なる顧客価値を発見したこともあります。

最後に、思考実験をして極端に振ってみることもあります。例えば、処理時間をゼロと仮定してみる、あるいは制約条件を極端にきつくしてみるなどです。これにより、重要な要素が見えてきたり、議論の優先順位が変わることがあります。

これらの工夫を通じて、質の高い企画や打ち手を生み出すよう努めています。

── 先ほどおっしゃった仮説と異なるものがプロダクトのコアの価値になったという話がありましたが、具体的な実例を教えていただけますか?

岡:これはデータベースに直結するPLCのプロジェクトです。当初の仮説では、PLCが直接データベースにデータを書き込むことで、システムの構築が簡単になり、コストダウンが図れるというものでした。従来は、PLCとデータベースの間にパソコンを置いてゲートウェイとして使うのが一般的でしたが、それを省略することでシステムがシンプルになると考えたのです。

この仮説を基に、展示会でプロトタイプを展示しました。その際に、多くのお客様が興味を示してくれましたが、特にあるお客様が「データベースに書き込む時間はどれくらいですか?」と質問されました。その時は、私もその点にあまり注目していなかったのですが、プロトタイプの実験結果を見せて「書き込み時間はほにゃららミリ秒です」と回答しました。すると、そのお客様は非常に驚き、「そんなに速いんですか?」と興味を示されました。

後日、そのお客様を訪問し、なぜ書き込み時間が重要なのかを詳しく伺ったところ、データベースへの書き込み時間が短縮されることで生産現場が大きく革新されることが分かりました。具体的には、従来のシステムではパソコンを介してデータベースに書き込むのに時間がかかっていましたが、PLCが直接書き込むことで、従来比で50倍の性能向上が実現しました。

この発見は私たちの当初の仮説とは全く異なるものでしたが、この高速書き込みが顧客にとって非常に大きな価値となることが分かりました。そのため、プレスリリースでは「従来比50倍の性能でデータベースに書き込む」と打ち出し、高速性を一番の売りにして商品を発売しました。

その後、この高速性が他の顧客にも同様に価値があるかどうかを検証するために、他の顧客にヒアリングを行い、マーケティング調査を実施しました。その結果、多くの顧客が高速書き込みを求めていることが分かり、大規模なプロモーション活動を展開することになりました。

当初はシステムの簡略化とコストダウンを主な価値として考えていましたが、最終的には高速書き込みが最大の顧客価値となったという例です。

岡さんからのおすすめ本

── プロダクトマネージャー向けにおすすめの本があればご紹介いただきたいのですが、いかがでしょうか?

岡:これは今回の質問の中で一番難しいかもしれません。実は、私はあまり本を読まないタイプでして、プロダクトマネジメントに関する本は持っているものの、それ以外に特におすすめできる本は少ないんです。今回は、2種類の本を紹介させていただきます。

  1. 業界の入門書
    プロダクトマネージャーが担当している商品のお客様の業界に関する入門書です。例えば、半導体業界や自動車業界、食品業界の入門書を定期的に読み返すことで、基本的な知識を固めたり、新しい気づきを得ることができます。就職者向けや学生向けの簡単な本でも役立ちます。
  2. コミュニケーションや言語化に関する本
    最近読んでいるのは、「短いは正義」や「人の話を聞く技術」、「言語化大全」など、コミュニケーションに関する本です。プロダクトマネージャーとして、適切な言葉を選んで確実に伝えることや、相手の気持ちをしっかり聞くことが非常に重要だと思っています。これらの本は、私が営業支援時代に感じたコミュニケーションの重要性を再確認させてくれます。

以上が私のおすすめする本です。どちらもプロダクトマネジメントに直接関係するものではないかもしれませんが、プロダクトマネージャーにとって重要なエッセンスが詰まっていると思います。

最後に

岡さんのお話はいかがでしたか?

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