今回は、株式会社ラクスでプロダクト部 部長を務める稲垣 剛之さんにお話を伺いました。
2021年にラクスに入社し、楽楽精算・楽楽明細などバックオフィスDX製品のプロダクトマネジメント組織を立ち上げ、現在は約30名の組織を統括しています。
「会社によっては、経理に上がってくる申請の50%が否認されている」
稲垣さんは、バックオフィス業務の深刻な非効率性をこう語ります。
月末月初に数百件の申請が集中し、マニュアルは読まれず、経理担当者が差し戻しに追われる。この課題を解決するため、「業務生産性を10倍、100倍にする」という野心的なビジョンを掲げています。
本記事では、
- 50%否認率が示すバックオフィス業務の構造的課題
- 申請から承認までを自動化するAI活用の具体的展望
- 「テクノロジーとUIで最高のUXを」という10年間一貫したビジョン
- 「やり切ってから本を読む」独自の学習スタイル
など、課題の本質から解決策、個人の成長哲学まで深掘りしました。
「PM部長だけど、今もエンジニアだと思っています」と語る稲垣さんの言葉は、プロダクトづくりの本質を考えるきっかけになるはずです。ぜひ最後までご覧ください。
目次
① 自己紹介とプロダクト紹介

── まずはじめに、自己紹介と担当プロダクトをご紹介お願いします!
稲垣と申します。株式会社ラクスで開発本部、第一開発統括部のプロダクト部の部長を務めています。
当社には東京と大阪に開発拠点があり、私は東京拠点のプロダクト部を統括しています。プロダクト部は、プロダクトマネージャーとプロダクトデザイナーの組織で構成され、現在は約30名の組織を管掌しています。ラクスには2021年8月に入社し、現在で4年ほどになります。
当社はバックオフィス領域のDXと、メール系のフロントオフィス領域のDXを提供しています。私はそのうち、バックオフィス系のDX製品のプロダクトマネジメントを担当しています。

具体的には、以下の4つの製品です。
・楽楽精算(経費精算/交通費、出張旅費、交際費など経費に関わるすべての処理をまとめて効率化)
・楽楽明細(帳票発行/請求書、納品書、支払明細など、あらゆる帳票の作成・送付をラクに発行)
・楽楽電子保存(電子帳票保存/請求書や領収書、納品書などのあらゆる書類を、まとめて一元管理・保存)
・楽楽債権管理(消込・入金管理/今年7月に提供開始した入金状況の確認や消込業務の課題解決)
楽楽精算は2009年提供開始の15年以上の歴史ある製品である一方、楽楽電子保存や楽楽債権管理はこの2年ほどで立ち上がった新しい製品です。ざっくり言うと、会計システム領域に最終的につながる4製品を担当しています。
② プロダクトのビジョンや対峙する課題、3年後の未来について

── 業界で「おかしいと思う当たり前」や「もっと良くなる余白」があるとすれば?
バックオフィスの皆様は、日々”なんとかしている”状況に置かれています。事業部側から見ると「バックオフィスがなんとかしてくれる」ことが当たり前になっており、その裏でバックオフィスの皆様が長時間労働や非効率な作業が常態化していることが非常に多い。この構造が大きな問題だと感じています。営業やサービス提供などの事業活動が重視される中、バックオフィスはそのサポート役とされ、負荷が高くなりがちです。コストの側面から採用の制限があり、多くの企業では人員を増やすことも難しい。今後、労働人口が減少する中で、こうした負担はさらに大きくなります。
こうした効率の悪い部分を当社のバックオフィスDX製品を通じて業務効率を改善し、バックオフィスの皆様がもっと働きやすくなり、事業の皆様も後顧の憂いなく事業を伸ばせる状態をつくりたいと考えています。
── このプロダクトが破壊したい「不公平」とは?
バックオフィス業務には、アナログ業務が非常に多いです。例えばコロナ禍では、当社のCMでも紹介していたように「経理だけが出社する」という状況が現実にありました。他の方々がリモート勤務をしている中で、経理だけが紙の処理のためだけに出社しなければならない。
当社の製品では、まずこのアナログをデジタルに切り替えていくことが第一段階です。ただ、多くの企業では業務のプロ説が定着しているため、いきなり抜本的に改革するのは容易ではありません。だからこそ、まずはアナログをデジタルに切り替え、その先で業務生産性を10倍、100倍へと引き上げるDXを実現することをを目指しています。
特にバックオフィスでは、「誰かが申請を作成し、上長が承認し、最終的にバックオフィスがチェックする」という流れの業務が多くあります。初期の申請内容の精度が低いと、上長が判断しきれず、経理で問題が発覚して差し戻しが発生する。「もう提出したからいいだろう」と申請者が考えてしまったり、経理が確認を依頼しても「忙しい」と対応されないこともあり、これが常態化しています。
申請者がミスを減らしてスムーズに申請でき、上司の確認も適切にサポートできるようになれば、経理に届いた段階でほぼ承認できる状態をつくれます。そうした世界観を実現することで、関わる皆さんがストレスなく働けるようになると考えています。
── この課題に初めて胸が高鳴った瞬間は?
楽楽精算を担当してから長く、お客様や当社の経理に多くのヒアリングを行ってきました。この領域では、マニュアルを数多く作成しているものの、実際にはなかなか読まれません。私も心当たりがあるんですが(笑)。
マニュアルに明記されている内容と異なる申請が上がってきたり、同じ人が繰り返しミスをしたり、月末月初に大量の申請が集中して数百件を処理しなければならなかったりします。せっかく経理が作成したマニュアルが十分に活かされないまま申請が届いてしまう。この状況は、製品やプロダクトで解決できる部分が多いのではないかと感じました。
さらに衝撃的だったのは、経理に届いた申請の否認率が、会社によっては50%に達する場合があることです。100件来たら50件が差し戻され、再度確認しなければならない。海外出張など経費精算ルールが難しいケースもありますが、それでも否認率の高さは経理の負担が非常に大きいことを示しています。
こうした話を伺うと、システムやプロダクトで改善できる余地がいかに大きいかを強く実感します。ここに「楽」を提供していかなければという、社会的意義を強く感じました。規模の大きい会社ならより大変ですし、小規模企業では経理が総務も兼務している場合も多く、さらに負荷がかかります。当社の製品を通じて、こうした現場の疲弊を減らしていきたいと考えています。
── 3年後、ユーザーの日常はどう変わっていますか?
経費精算に必要な情報は、すでにさまざまなデータとして存在しています。今後は、わざわざ申請を行うのではなく、これらのデータから自動的に申請内容が生成されたり、AIエージェントのような仕組みが自動処理してくれる世界を目指しています。
多くのバックオフィス業務は、人が判断する前にデータから作成できるものが多いのが実情です。例えば交通費であれば、交通系ICカードのデータが既に存在します。本来であれば、月末にまとめて申請する必要はなく、日常の業務の流れの中でシームレスに申請が行える状態が理想です。これにより申請者の負荷が減るだけでなく、経理のチェック作業も平準化されます。
申請という行為自体を意識しなくても、通常業務の中で自然に処理が進み、データから自動で申請が作成される。人が介在すべき部分だけを確認すればよい──そんな状態を3年後には実現したいと考えています。
AIの進化も追い風です。特に生成AIは、これまでのように定型ルールに頼るのではなく、会社ごとのルールや文脈に合わせた柔軟な処理が可能になります。この技術を活用し、より深く業務オペレーションに入り込んでいきたいですね。
── 他社ではなく自社でなければ解決できない理由は?
大きく3つあります。
1つ目は、15年以上の実績とデータの蓄積です。楽楽精算は2009年からサービスを提供しており、膨大な業務データや課題の知見が蓄積されています。これは他社が簡単に真似できるものではありません。
2つ目は、製品群の広がりです。経費精算、請求書発行、電子保存、債権管理と、会計領域につながる一連の製品を揃えているため、データ連携や統合的なソリューションを提供できます。
3つ目は、エンタープライズ対応の強さです。大企業特有のオペレーションや文化に適応することは容易ではありませんが、当社は着実にノウハウを積み上げています。日本発のSaaSで真にエンタープライズにフィットした事例はまだ多くありませんが、だからこそ挑戦する価値があると考えています。
── 解決に向けた現状のイシューは?
ユーザーの多様性が急速に広がる中、エンタープライズ特有のオペレーションや文化への適応はまだ道半ばです。壁は高いですが、ここをしっかり乗り越えていく必要があります。
さらに、今後はマネージャーや部署長が自ら組織を改善できるよう、より深くオペレーションへ入り込むことが求められます。そのため、現状は人員不足が大きな課題で、頭を抱える日も少なくありません。
プロダクトマネジメント組織を強化し、より多くの優秀な人材を迎え入れることが、現在の重要なテーマだと考えています。
③ 個人のキャリアや考え方について

── これまでのキャリアを教えてください。
新卒では、独立系のSIerに入社し、WEB系や基幹システム系のプロジェクトにエンジニアとして携わりました。プログラマー、システムエンジニア、プロジェクトリーダー、プロジェクトマネージャーまで、約10年間を通じて幅広い役割を経験しました。
その後、BtoB自社サービスの会社でプリセールスから開発責任者を担当。続いてBtoC企業へバックエンドエンジニアとして入社し、エンジニアリングマネージャーを経て、ファッションECプロダクトの立ち上げ直後から開発責任者として参画しました。ここでは、企画、デザイン、プロダクト開発全般に携わり、会社の子会社化のタイミングで役員となり、プロダクト開発全般とコーポレート領域も管掌しました。
2021年にラクスに入社し、まず楽楽精算のプロダクトマネジメントを担当。その後、楽楽明細などへ領域を広げ、現在はプロダクト部全体を統括しています。
── 強みとして活かしているスキルはどのように磨かれましたか?

エンジニア出身であることは大きな強みです。技術的な実現可能性や開発の難易度を肌感覚で理解できるため、エンジニアとのコミュニケーションが非常にスムーズです。また、ビジネスサイドの課題も理解しているので、両者の橋渡し役を担える点も強みだと感じています。
前職では、事業責任者の右腕がビジネス再度の人材であることが多く、「こういう要望があるので開発してほしい」という伝わり方になりがちでした。一方で開発側は「実際の課題や困りごとが知りたい」と感じていることが多く、この橋渡しに時間がかかることが多いんです。
私は技術がわかるプロダクトマネージャーとして、お客様の課題をしっかり理解した上で、技術的な解決策を提案できる。この両面を持っていることが、自分の強みだと思っています。
マネジメントのスキルについては、正直、最初は自己流でやっていました。途中で必要性を感じ、書籍から理論を学び、足りなかった部分を上書きするようにスキルを身につけてきました。私は「やり切ってから本を読むタイプ」なんです。
一通り失敗して転んで傷だらけになった後に本を読んで、「なるほど、あそこがいけなかったんだ」と気づく。最初は本当にやりきるまで一回やってみて、落ち着いてから本を読んで学んで、次に活かすという感じです。
新卒の時の研修では正直、最下位だったんですよ(笑)。形式知的な部分や本で読んだことが、すっと入ってこなくて。でも実践になると意外とうまくいく。自分で体験してみて初めて入ってくるタイプだったんです。
この経験から、まず自分でしっかり考えて失敗してみることが、次の経験に生きると気づきました。最近でこそ、最初から形式知があった方がインプットが早いとわかってきましたが、30代は「やってみて、転んで血だらけになってから本を読む」スタイルでした。
無駄が多いんですけど、転んでいるから覚えているんですよ。全然関係ない経験に紐づいたりすることもあって、実際に体験して血だらけになった経験は、その時には無駄だと思っても、違う経験の時に抽象度を上げると似たような話になって紐づくことが多い。今になって、当時の無駄は意外と無駄じゃなかったんじゃないかと思っています。
── 大切にしている行動指針やマイルールは?
私の中で一貫しているビジョンは、「テクノロジーとUIで最高のUXを製品にもたらし続ける」ということです。これは10年以上前から持ち続けている考えで、今でもエンジニア時代からの延長線上にあると考えています。
現在はこれを「UX思考」として明文化し、現場にも落とし込んでいます。「こういう考え方をしてほしい」「これはしないでほしい」といった判断基準を明文化することで、私自身も意識しますし、メンバーが意思決定を行う際の指針にもなります。
例えば:
- 簡単にORの結論を出さないでほしい。ANDで考えてほしい – AかBかではなく、AもBも担保する方法を考える。トレードオフは簡単な意思決定ですが、PMになるとトレードオフの話がたくさん出てきます。でも、どうしたら両方できるかをしっかり考えることが重要です。
- ステークホルダーをリスペクトする – PMは特にステークホルダーが多いので、相互尊重が重要です。
- お客様からのフィードバックをしっかり受け止める – 事実のフィードバックに対してしっかり対応していく。
これらを明文化して公開することで、「稲垣さん、そう言ってたけど違いますよね」とメンバーが言いやすくなります。判断基準が共有されていることで、お互いにコミュニケーションを取りやすくなるんです。
参考note:UX志向定義
https://note.com/ingktks7/n/nbb56c941f34e
── PMにおすすめの本はありますか?
基礎に立ち返りたいときに読む本をいくつかご紹介します。
まず『イシューからはじめよ』です。若手のPM育成では、必ずこの本を読んでもらい、私と壁打ちするようにしています。最初のイシューが何なのかを見極めることはPMにとって非常に重要で、ここを間違えると解決しても何の価値も出ません。
次に『「言葉にできる」は武器になる』。この本が大好きで、「言葉にできないのは、言葉にできるほど考えられていないから」という考え方に共感しています。PMにとって言語化のスキルが非常に重要で、「いいね」ではなく「何がいいのか」を具体的に言葉にする力が求められます。
モチベーションを上げたいときは、大好きな漫画『宇宙兄弟』を半年に一回ほど読み返しています。悪い人が出てこない物語なので読んでいて気持ちがいいですし、現代の宇宙事情にリアルに近い設定なので、仕事のモチベーションを上げてくれます。もうすぐ完結してしまうんですが(笑)。
また、『How Google Works』も大好きな本です。私は「40歳でGoogleに行く」とずっと決めていたんですが、結局行かなかったんです(笑)。でもこの本に出てくる「スマートクリエイティブ」という人材像──PMとエンジニアのエースがくっついたようなマインドセットと技術を持っている人──に憧れていて、こういう人になりたいと思って働いています。
実は今でも自分のことをエンジニアだと思っていて、「エンジニアがPMを手伝っている」というコンテキストで働いています。スマートクリエイティブの考え方を持ちながらプロダクトマネジメントができるといいなと思っています。
④ 読者へのメッセージ

── 最後に、記事を読んでいる方へメッセージをお願いします!
プロダクトマネージャーの方や、これからプロダクトマネージャーをやりたい方が見てくれていると思いますが、役割にこだわらず、製品をつくる人として、お客様や自分が携わっている製品のファンをしっかり見ることが、どの役割でも重要だと思っています。
私自身、いつかまたエンジニアに戻って、プロダクトマネジメントやデザインの知識を持ちながらエンジニアリングができたら、もっと良いものがつくれるんじゃないかと思っています。あまり役割を気にせず、いろんなところにチャレンジしていけると、より日本の製品が良くなっていくんじゃないでしょうか。
その中で、当社に興味がある方はぜひ来ていただけると嬉しいです!
ラクスで一緒に働きませんか?
稲垣さんが語ってくださった「バックオフィスの皆様を楽にしたい」というビジョンに共感した方へ。
現在、当社が運営する求人サイト Granty には、株式会社ラクスの プロダクトマネージャー募集 が掲載されています。
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バックオフィスDXという社会課題に挑みたい方、プロダクトを通じて働き方をアップデートしたい方は、ぜひチェックしてみてください。
まとめと皆さんへのお願い
稲垣さんのお話からは、バックオフィスの現場で起きている課題に真正面から向き合い、プロダクトを通じて解決しようとする強い意志と、プロダクトマネージャーとしての具体的な実践知を感じることができました。
特に印象的だったのは、エンジニア出身ならではの技術理解とビジネス理解を兼ね備えた橋渡し能力、そして「失敗してから学ぶ」という独自の学習スタイル。自己流で挑戦し、失敗を糧にして成長してきた姿勢は、多くのPMにとって示唆に富むものではないでしょうか。
また、「テクノロジー・UIで最高のUXを製品にもたらし続ける」という一貫したビジョンと、それを「UX志向」として明文化してチーム全体で共有する取り組みも、組織マネジメントのヒントになります。
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