手塩にかけた後輩の退職。夢は応援するけど切なさは残る。

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今日は18時に終わる社外打ち合わせがあったので、その足でチームメンバーと軽く飲んで帰ることに。

取引先の会社を出たすぐそばに、〇〇感謝祭にて生ビール240円の文字が。

入るしかないでしょ、そんな安いならもうちょっと飲もうか、まだ大丈夫でしょということで、それなりに飲んで帰っているが、新宿線の運転見合せにより足止めされている。

一緒に飲みに行ったメンバーの1人で、社会人2年目からかれこれ4年間手塩にかけて面倒を見た後輩がいるが、6月末で退職することをしみじみと考える。

 

2年目で僕のチームに合流した時は、本当にどうしようもないやつだな、と思ったことを今でも覚えているw

しかし、そんなやつほど、俺がどうにかしてやらないといけないという思いが働くのが不思議なところ。

学生時代までは人を教育したり、面倒をみることに対して全く面白みも喜びも感じたことがなかったが、彼を教育、指導する中で、僕自身も成長させてもらった。

個人としての知識・スキル、経験の追求ではなく、他人に対して時間をかけ、自分の経験を伝えたり、一歩を踏み出す為に背中を押してあげることで、挑戦し、その経験を通して成長する姿をみることに喜びを感じるようになった。

期待をかけると応えようとして頑張ってくれるので、業務のみでなく更に多くの経験をさせてあげようと、色々な場に連れていったり、人と合わせ様々な価値観や考え方に触れさせた。

その結果、彼自身の中で、何か変化がおき、自身の人生において、何をして生きていきたいのか、一度きりの人生において後悔をしたくないから、やりたいことに挑戦してみようという思いが芽生えた。

具体的には、彼は海外に移住し、働きたいという思いを持ち、その実現に向けて一歩踏み出すことにしたのである。

ちなみに、日頃から、人生の夢や志を持てという話をしていた為、僕がなって欲しいと思い描いていた状態なのである。

夢や志をもち、その実現に向けて前進できている状態が幸せであると考えている為、心から応援したいと思う!

がしかし、手塩にかけた後輩が自分の元から去っていくのは、やはり切ないものである。

もちろん個人としての繋がりは一生続くものなんだと思うので、時が経てばその感情も無くなるのだと思う。

また、そんな切ない思いをしたくないから、後輩育成に対しての情熱が冷めてしまったということは全くない。

とりとめない感じになってきてしまったが、

どれだけ手塩にかけた後輩もいずれはいなくなるケースの方が多いと思います。

だから、僕は企業に属している状態での先輩・後輩関係での面倒を見るという関係には限界があると感じる。

今後、更に企業に属すということの意味が変わっていき、個人がたっていくと思うが、その中で個人としての人生の先輩・後輩、師弟関係、メンターなどといったものを作っていけると良いのではないかと思う。

お、ようやく電車が動き出したので、この辺で締めたいと思います。

ではまた。

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